「子供たちに食べてほしくて野菜を育てています。」
はるきちオーガニックファームを営む小林卓也と芳見夫妻は、畑を走り回る2人の息子たちを横目で見ながら、この日も農作業をしていました。こんがりと日焼けした、坊主頭のわんぱく兄弟の声が畑に響きます。
畑で子育てをする有機野菜農家
札幌駅から北の石狩湾に向けて車で30分。はるきちオーガニックファームの直売所には、たくさんの旬の有機野菜が並んでいます。家のガレージを改装した手作りのお店は、ナチュラルで気取らない雰囲気に満ちていて、採れたばかりの野菜たちとの出会いを楽しむことができます。
直売所の裏手にはファームの大きな畑が広がっています。その一角に、両手を広げたほどの小さな畑がありました。時期を過ぎてモシャモシャと葉が茂ったアスパラと、収穫にはまだ早い真っ青なミニトマトがいくつか。2人の息子が育てている「子供たちの畑」でした。
卓也と芳見は、子供たちを畑で育ててきました。お客さんに喜んでもらうためとはいえ、多くの種類の野菜を有機栽培で育てるのは本当に手間がかかります。山ほどある日々の農作業に追われて、なかなか子供たちを構ってあげられません。代わりに畑に放たれた子供たちは、ビニールハウスの中を走り回り、きゅうりの株の陰でかくれんぼをし、お腹がすいたらミニトマトをつまんで食べるのが当たり前でした。
「自慢できる子育てなんてできていません。元気ならそれで良いんです。」
芳見はそう言います。両親の愛情を知ってか知らずか、子供たちは今日も野菜たちに触れ、のびのびと育っています。
正解がわからない有機栽培の難しさ
畑には、いつも首をかしげて悩む卓也の姿がありました。卓也は、かつて環境保全について学び、世界を旅して環境への負荷が少ない有機栽培に出会いました。この石狩の地で野菜作りを始めてから、自分の中にある理想の農業を追い求める毎日。寒冷な北海道の、それも海に近い砂地での有機栽培というだけで、正解を教えてくれる農業の教科書は見つかりませんでした。目の前で起こる問題にどう対処するのが正しいのか、どうすれば理想の農業に近づけるのか、いつも悩んでいました。
それに卓也は、有機栽培を「わかりにくくて、限られた人のための農業」にしたくありませんでした。卓也が農業を始めた18年前は、有機栽培はまだ広く消費者に受け入れられる農業ではありませんでした。どうしたら消費者に理解してもらえるのか、美味しいと喜んでもらえるのか。そんな純粋な思いは時に力みとなって、真面目な卓也をさらに悩ませるのでした。
息子のいたずらがくれたヒント
ある日、長男が、まだ小さく熟していないメロンを勝手に採ってきてしまいました。まだ食べられないほど小さなものでした。卓也は、食べ物を無駄にしてしまった息子のいたずらを叱りました。でもどこかで、ちょっとだけ嬉しかったのです。自分が悩みながら育てていたメロンを、息子は早く食べたくて我慢できなかったのでしょう。それに、野菜を育てて売るという親の仕事を手伝いたかったのかもしれません。畑で自由に育ててきた子供たちは、いつの間にか成長していました。そこには、親の思う姿とは少し違うけれど、のびのびと育った愛おしい子供たちの姿がありました。
卓也は何か、野菜作りにもつながる大切なヒントをもらった気がしました。自分の中にある理想の農業ばかりに気を取られて、目の前の野菜にしっかりと向き合っていただろうか。その日から、卓也は野菜たちの日々の変化をじっくりと観察することにしました。すると野菜たちは、卓也の理想の形など気にする素振りもなく、それぞれが望む形に成長していることに気が付いたのです。
「陽射しが気持ちいいな。こんなに大きくなったよ。また失敗しちゃった。」
野菜たちの発するメッセージが聞こえてくる気がしました。あとは、野菜たちが育ちたい方向に、人間が手を貸してあげるだけでした。はるきちオーガニックファームの野菜作りが変わった瞬間でした。
野菜も子供も育つ畑から届くもの
悩むこともあるけど、目の前の大切なものと一緒に日々を楽しむ。この等身大の農家さんは、私たち消費者と少しも変わらない同じ人間でした。世の中には数えきれないほどの農家さんがいて、一生かけても全員の作る食べ物を手に取ることはできません。だからこそ、私たちはいつも、何を食べるべきか悩んでいます。でも、世界のどこかにいるはずの「理想の農家」を、出会えるその日が来るまで探し続けるべきなのでしょうか。
はるきちオーガニックファームが辿り着いた答えは、私たちにとっても多くのことを教えてくれます。食生活を本当に豊かにしてくれる食べ物は、「理想の農家」が育てた「理想の野菜」だけではないはずです。同じ人間として共感できる農家さんが育ててくれた、心から好きと言える等身大の野菜でも良いのです。そんな野菜で作った料理が並ぶ食卓には、同じ価値を大切にする農家さんとのつながりがくれた、この上ない安心感が満ちています。
卓也と芳見には、近頃また嬉しいことがありました。長男が、自らの手で収穫した野菜を直売所で売り始めたのです。トゲがいっぱい生えた、もぎたての黒サンゴきゅうりには、個性的な値札が付いていました。二人の息子たちは、卓也と芳見が育ててくれる野菜が大好きになりました。今日も直売所に来てくれるお客さんを、自慢の野菜で喜んでもらいたかったのでしょう。理想の野菜から、好きだと言える野菜へ。はるきちオーガニックファームから届く季節の野菜には、そんなメッセージが込められているのかもしれません。
〜野菜と子供が育つ畑から届くもの〜
「子供たちに食べてほしくて野菜を育てています。」
はるきちオーガニックファームを営む小林卓也と芳見夫妻は、畑を走り回る2人の息子たちを横目で見ながら、この日も農作業をしていました。こんがりと日焼けした、坊主頭のわんぱく兄弟の声が畑に響きます。
畑で子育てをする有機野菜農家
札幌駅から北の石狩湾に向けて車で30分。はるきちオーガニックファームの直売所には、たくさんの旬の有機野菜が並んでいます。家のガレージを改装した手作りのお店は、ナチュラルで気取らない雰囲気に満ちていて、採れたばかりの野菜たちとの出会いを楽しむことができます。
直売所の裏手にはファームの大きな畑が広がっています。その一角に、両手を広げたほどの小さな畑がありました。時期を過ぎてモシャモシャと葉が茂ったアスパラと、収穫にはまだ早い真っ青なミニトマトがいくつか。2人の息子が育てている「子供たちの畑」でした。
卓也と芳見は、子供たちを畑で育ててきました。お客さんに喜んでもらうためとはいえ、多くの種類の野菜を有機栽培で育てるのは本当に手間がかかります。山ほどある日々の農作業に追われて、なかなか子供たちを構ってあげられません。代わりに畑に放たれた子供たちは、ビニールハウスの中を走り回り、きゅうりの株の陰でかくれんぼをし、お腹がすいたらミニトマトをつまんで食べるのが当たり前でした。
「自慢できる子育てなんてできていません。元気ならそれで良いんです。」
芳見はそう言います。両親の愛情を知ってか知らずか、子供たちは今日も野菜たちに触れ、のびのびと育っています。
正解がわからない有機栽培の難しさ
畑には、いつも首をかしげて悩む卓也の姿がありました。卓也は、かつて環境保全について学び、世界を旅して環境への負荷が少ない有機栽培に出会いました。この石狩の地で野菜作りを始めてから、自分の中にある理想の農業を追い求める毎日。寒冷な北海道の、それも海に近い砂地での有機栽培というだけで、正解を教えてくれる農業の教科書は見つかりませんでした。目の前で起こる問題にどう対処するのが正しいのか、どうすれば理想の農業に近づけるのか、いつも悩んでいました。
それに卓也は、有機栽培を「わかりにくくて、限られた人のための農業」にしたくありませんでした。卓也が農業を始めた18年前は、有機栽培はまだ広く消費者に受け入れられる農業ではありませんでした。どうしたら消費者に理解してもらえるのか、美味しいと喜んでもらえるのか。そんな純粋な思いは時に力みとなって、真面目な卓也をさらに悩ませるのでした。
息子のいたずらがくれたヒント
ある日、長男が、まだ小さく熟していないメロンを勝手に採ってきてしまいました。まだ食べられないほど小さなものでした。卓也は、食べ物を無駄にしてしまった息子のいたずらを叱りました。でもどこかで、ちょっとだけ嬉しかったのです。自分が悩みながら育てていたメロンを、息子は早く食べたくて我慢できなかったのでしょう。それに、野菜を育てて売るという親の仕事を手伝いたかったのかもしれません。畑で自由に育ててきた子供たちは、いつの間にか成長していました。そこには、親の思う姿とは少し違うけれど、のびのびと育った愛おしい子供たちの姿がありました。
卓也は何か、野菜作りにもつながる大切なヒントをもらった気がしました。自分の中にある理想の農業ばかりに気を取られて、目の前の野菜にしっかりと向き合っていただろうか。その日から、卓也は野菜たちの日々の変化をじっくりと観察することにしました。すると野菜たちは、卓也の理想の形など気にする素振りもなく、それぞれが望む形に成長していることに気が付いたのです。
「陽射しが気持ちいいな。こんなに大きくなったよ。また失敗しちゃった。」
野菜たちの発するメッセージが聞こえてくる気がしました。あとは、野菜たちが育ちたい方向に、人間が手を貸してあげるだけでした。はるきちオーガニックファームの野菜作りが変わった瞬間でした。
野菜も子供も育つ畑から届くもの
悩むこともあるけど、目の前の大切なものと一緒に日々を楽しむ。この等身大の農家さんは、私たち消費者と少しも変わらない同じ人間でした。世の中には数えきれないほどの農家さんがいて、一生かけても全員の作る食べ物を手に取ることはできません。だからこそ、私たちはいつも、何を食べるべきか悩んでいます。でも、世界のどこかにいるはずの「理想の農家」を、出会えるその日が来るまで探し続けるべきなのでしょうか。
はるきちオーガニックファームが辿り着いた答えは、私たちにとっても多くのことを教えてくれます。食生活を本当に豊かにしてくれる食べ物は、「理想の農家」が育てた「理想の野菜」だけではないはずです。同じ人間として共感できる農家さんが育ててくれた、心から好きと言える等身大の野菜でも良いのです。そんな野菜で作った料理が並ぶ食卓には、同じ価値を大切にする農家さんとのつながりがくれた、この上ない安心感が満ちています。
卓也と芳見には、近頃また嬉しいことがありました。長男が、自らの手で収穫した野菜を直売所で売り始めたのです。トゲがいっぱい生えた、もぎたての黒サンゴきゅうりには、個性的な値札が付いていました。二人の息子たちは、卓也と芳見が育ててくれる野菜が大好きになりました。今日も直売所に来てくれるお客さんを、自慢の野菜で喜んでもらいたかったのでしょう。理想の野菜から、好きだと言える野菜へ。はるきちオーガニックファームから届く季節の野菜には、そんなメッセージが込められているのかもしれません。